B’z

B’z以外の音楽を聞いて育った幼少時代

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前回はB’zにハマって居た頃から、B’zよりも洋楽を聴けと言われた頃のお話でしたが、
今回はB’zにハマる以前にどんな音楽を聴いて来たか

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お話し致します。

ジャニーズさえも分からない幼少時代

世間では1990年代はバブルと言われていた時代です。
今ではCDをどこでも見かけますが、当時はCDではなくカセットテープが全盛期の時代で
ラジオとカセットが合体したラジカセという機材で音楽を聴いていました。

アイドルといえばローラースケートしながら歌い踊る「光GENJI」が絶頂期の時だったと思います。
「光GENJI」はジャニーズ事務所に所属しているとかも全く知りませんでしたし、
ジャニーズって言葉の意味も中学校に入るまで全くわからなかった無知無知無知でした。

嘉門達夫の替え歌メドレー

カセットからCDへ時代が移り変わり、機材もラジカセからCDラジカセへ進化を遂げて来ます。
日本でどんな音楽が流行っているかはTVを観て、こんな曲が流行っているんやなと思う程度でした。

初めてCDで聴いたのは近所の友達が持っていた嘉門達夫の替え歌メドレー2で、
これが音楽なんだと思ってらしく、他にも色々なアーティストの曲などありましたが、
なぜなのか嘉門達夫さんの替え歌メドレー系な曲を、友達にカセットに録音してもらって
繰り返し繰り返し聴いて聴いて聴きまくってので、

とあるフレーズで何回も笑いたかったのでそのために巻き戻しをしまくっていて、
僕の聴きたい情熱にカセットテープは勝てなかったのか、
テープがカセットデッキに詰まりテープが切れていましました。
そして僕もキレてしましました\(^o^)/

CDラジカセの回転に嬉しくなっていた

当時バブルと言われていた時代ですがバブルがなんなのかすら分からなかったのですが、
当時の友人は大きい家に住んでいて、ペルシャ猫なのかどうか判りませんが高級感漂いまくりの猫がいて
TVのCMでペットフードのモンプチを食べる猫がいるのですがそれにそっくりやったなあと…
これがバブルでウハウハしてらっしゃる方々なのかと怪しんでいました。

先ほど話したCDラジカセですが、当時はとても高級品で持っている友人がいるとその友人の家へ行って
CDを聴かせていただくわけです。僕の実家は裕福には程遠かったのでCDラジカセのCDプレイヤーで
高速に回っているCDを見るのがなぜか好きでした。
そんな僕のことを当時の友人はええ加減に早く帰れよって思っていたに違いないと
そう思っていたのかと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいです。

CDラジカセが欲しくて

友人はCDラジカセ持ってるから僕もCDラジカセが欲しいと母親にねだりまくりましたが、
シバかれるました\(^o^)/何度でも何度でも何度でも立ち上がれませんが、
シバかれまっくってもCDラジカセをねだりまくりました。
そして母親が根負けしたのか、一駅隣にあるダイエーでCDラジカセを買ってもらえました
今から思うとこんなにも高価なものを買わせてしまって親不孝な子供やったなと猛省しています。

初めて買ったCDはB’zでも嘉門達夫の替え歌メドレーでも無い

嘉門達夫の替え歌メドレーも聴き飽きたのか、他の音楽聴きたいなと思うようになります。
母親にCDラジカセをねだりまくりシバかれまっくっていた頃はカッセットだけでなく
ラジオで音楽を聴いていました。
そのとき流れた曲があって、僕は鼻息が荒く鼻水垂らしているような小4くらいの男子でしたが
そんな救いようも無い男子の僕が感動してしまう曲がありました。

その曲をどうしてもCDとして欲しくて母親を根負けさせてダイエーでCDラジカセを手に入れて、
その帰りにダイエーの近所にあるある62oA(ロクニーマルエー)
というレコード屋さんに行き初めてのCDを手に入れます。

それはB’zでもなく嘉門達夫の替え歌メドレーでもありません。

米米クラブの「ORION」でした。(この頃は小5です)

今でもこの曲を聴きまくっていた時の自分を思い浮かびます。
これで友人の家に行って煙たがられることももうないので少しホッとしたのも懐かしく思えます。

上記のように今の僕は全くB’zに興味が無かった時代があったのです。

※次回はその後の僕の音楽少年をさらに振り返って行きたいと思います。

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